以前の中国は交通ルールが守られておらず、歩行者は思いのままに道を横切っていました。車が来ていようが平気で渡ります。大通りの真ん中に突っ立って車をやり過ごしている人もいます。明らかに車の通行の邪魔で危ないのに全く意に介する様子はありません。これらの人をよく見ると近くの車は全く見ずに、遠くだけを見て渡るタイミングを待っています。自分を避けるのは車の方だと思っているのか、それともそれすら考えていないのか、全く見ないのです。車に乗っている側からそういう人を邪魔だからと睨み付けても一切目を合わせません。
横断歩道を渡る時も同じです。喋りながらダラダラ渡って信号が赤になってもまだノロノロ歩いている人がいます。速く歩け!とばかりにクラクションを鳴らしても、そして睨み付けても、一切目を合わせません。
遠くの人と会話をする時なども同じです。(日本人的常識からみると)異常に大きな声で遠くの人と唾を飛ばしながら話をして、その間にいる人のことは全く気にしない人がいます。私などは目の前でこれをやられるとイラッとするので睨み付けるのですが、一切目を合わせません。地下鉄への乗車も同じ。我先に入る人、出る人、前の人の邪魔になろうがぶつかろうが全く気にせずグイグイ進む、一切目を合わせません。
自分と自分が関係する人以外は存在しないかのように全く目を合わせない、これは当時の私にとっては衝撃でした。人の迷惑を全く考えないのか、そもそも誰も迷惑だと思わないのか、どちらかというと後者だったのでしょう。日本のマナーの常識で生きてきた私としては、怒りを通り越して呆れ、こういう人たちは全く違う生き物だと考えるようになりました。そうでもしないと理解できない現象だったのです。
現在は中国人のマナーは日に日に向上しています。横断歩道を渡っている人が左折車が待っているからと小走りに急いで渡っていく女子学生の姿などを見ると、昔を知る私などは今でも驚きます。ただ、今でも特に年配の人には「一切目を合せない」人もいます。マナー向上への過渡期なのだろうと思います。